東洋医学では陰陽五行論などの独特の「東洋思想」と云うものを基に施術を方針を決める事が一般的である。

思想的かつ哲学的なものであるし、非常に合理的な知恵が凝縮されている東洋医学は、現代の様な混沌とした世の中を生き抜くのに

確かなヒントや知恵になり得る考え方がとても多いと思います。なので東洋思想はとても素晴らしいものだと私は感じて居ります。また、全ての皆様の努力に依り

平和で物質的にも大変恵まれより良い便利な社会になる一方、代償と言うのか、その分細かい神経を遣う部分が増えて居り、

明るい人ばかりではないと思います。人々の心が飽和状態というのかどこを目指して良いのか分からないという状態の人も多いのではないでしょうか?

そんな時にこの東洋医学はとても役に立つと思います。また、東洋医学や鍼灸が「怪しい」とか「宗教めいてる」などと間違われやすい理由がこの様な事にあると思います。

しかし、それらはあくまで大変な誤解な訳で、あくまで東洋思想というものはそれを基に歩んできた先人の知恵のようなものだと

私は思って居ります。人によってはこの様な思想的なものや哲学的な内容が、抵抗があるという方もあるかも知れません。

しかし、それはそれで良いのです。苦手苦手では無いという事では決してないのです。理由は決して苦手と感じている人に少しも求めたり強制する内容のものでは決して無いからです。

決して分かる分からない、得意不得意等の問題では無く、森羅万象の物は仲良く共存するためのものなのですね。東洋思想は。楽しい物なのです。

一昔前、二昔前まで日本も世界もインターネットの無い時代であり、

特に日本は物質社会でテレビや教科書、新聞の内容は全て裏表の無い100%正しい内容だと思って居たし、

それに職場や友達、家族などでも目に見えない物や心のお話の出来る社会や環境では到底ありませんでした。

その様な事を言って居ると「どこか怪しい宗教にでも入って居るのではないの?」

などと普通に世間話しで言い合った位です。皆、心の面を考えるレベルが低かったのです。むしろ「馬鹿に成れ」とあおって居たくらいです。まあ当時の「馬鹿に成れ」

は良い意味で使われた場合には「物事拘り過ぎるな。失敗を恐れず突き進め」との良い意味のポジティブな意味ですが、ネガティブな意味として考えれば、半ばやけくそとなり

言いなりになって生きて行かざるを得ない意味合いで我慢して突き進んだ人々も多いのではないでしょうか?そして、仕事や社会で無理をすると

心を病む事を殆どの人は考えて居りませんでした。それ位世の中が平和でゆとりがあったと言えば聞こえは良いのですが、決してその様な素晴らしいものでは無く、

難しい都合の悪い事は考えさせない風潮があったのではないかと思います。

誰にも相談できず、苦しみを溜め込んで自殺という結果がオチです。なので、上辺だけでも世の中からはみ出なければ安泰であり、ちょっと

不都合な事が起こると「もう終わり」という感じの世の中でした。一体、どれ程の人間が誰にも相談できずに苦しみ、絶望の渦の中で犠牲になって行った事でしょうか?

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そんな中、東洋医学や鍼灸は

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どちらかというと、皆が蓋をする様な、色々な原因不明の病気や苦しみで悩んで居たり世の中には馴染めない方々、

見放され落ち込んで居られた方や、西洋医学で病気の緩解の見込みが無く悩み苦しんでいた方々に真っすぐな素直な優しい気取らない普通の気持ちで歩み寄り、

駆け込み寺となり、受け皿となって、それらを

業として

今日まで歩んで来ました。

そして心に大きな夢と希望を与えました。その心の支えとなった理由は決して支配的ではなく、特定の宗教に所属する事も必要も無く

自分なりの見解でマイペースで生き抜こうとするヒントを

鍼灸と近づく事で見出し、その独特な東洋思想を共に考え自己の病苦を楽に成って行くという過程が、

今までの病気の考え方を改めようとする機会を与えてくれる不思議な力を持って居るからなのです。

その様な付加価値を与えられる施術は現在他には存在しないと思います。

それ位、当時から社会に馴染めず苦しんでいた人や、ケガや病気をきっかけに

リタイヤした人が多かった事は事実です。それらの方々に考える機会を与えて来た事は素晴らしい事です。今ほど情報の無い時代で。今もですが当時はより鍼灸はかなりマイナーな位置づけ

でした。それは鍼灸の社会的立場の問題で、目の不自由な方の職業保護の観点から鍼灸はその様な位置づけと情報量の少ない時代だった故に

勝手に世の中から誤解と偏見だけで思われてしまっていた要因が大きいと思います。

しかし、そんな中で実は「東洋医学や鍼灸は素晴らしい」と気が付く人が多かった事は事実です。逆に、

マイナーな位置づけだからこそ鍼灸のすばらしさは荒らされずに本来の役割を果たしたと思います。

それに一昔、二昔前までの日本は特に心の面を考えたり意見を言う事が許されない様な雰囲気がありました。言うと「やばい」とか「おかしい」と思われる様な・・・

それが様々な分野に於いて計り知れない多大な問題をエスカレートさせ続けてきたと私は思って居ります。その代償やツケは必ず後世を生きる者や子孫に危害が及びます。

しかし、どうでしょう?インターネットが発達し、様々な分野で本音を言い合える世の中になると、しかも、平等にどんな立場の人でもインターネットに依り

本音の心が言い合える世の中になると今までの「からくり」というものが

筒抜けで解る様に成りました。そうなると、今まで当たり前に思って居た事が「仕組みやからくりが分ったりして、ショックを受ける事も多いです。

現代は今まで当たり前と思ってやっていた事で実は不等なものだった事など気が付かなかった事に気が付いたり、社会的な苦労を多くの人が経験し、その問題だと思う事に多くの人が

声をあげる人が増えて来て、皆で考え成長している成果も少しは出て来ているかも知れません。一人一人の苦労は決して無駄にはなって居ないのです。必ず誰かは見ております。そして

必ず誰かがその事を声をあげます。

個々自身を大事にする社会に少しは変わって来ているかも知れませんね。それはより良い方向に向かう過程で大変良い傾向と言えます。

仙台近郊やそれ以外の方へ

東洋医学はただ病気が「良くなった」というのでは勿体ないと思います。そこには様々な合理的な考え方が記されて居り、古代より先人の生き抜く知恵や

自然の逆らえぬ道理が記されて居ります。そして、「これこれこうだからこの質とこの質が共存するにはこうだ」という様な抽象的に様々な事に応用できるような考え方です。

そこから生まれた東洋医学や鍼灸をお身体に取り入れるという事は一種の冒険でありチャレンジであり出会いであるかも知れません。

皆様に東洋医学を取り入れる時期は何時でしょう?ベストなタイミングで出会えることを楽しみにして居ります!