皆さんは鍼灸院という所をどのようにイメージしますか?ぎっくり腰が直ぐに良くなるなどのイメージを持つ人が多いと思います。そのこと自体「痛みが取れる良くなるところ」という

位置づけに成ると思います。それはポジティブな解釈で割と一般的な見方でそして良く解釈されている方ではないかと思います。

そして、大体の鍼灸院は当施設も含めその様に努力して居る事と思います。

そして、多くの鍼灸師の先生方もより、鍼灸を世に知って貰うための努力や、

鍼灸がメジャーとなるために様々な努力をしていると思います。美容鍼などをきっかけに鍼灸に一見明るいイメージをもたらすブームのようなことも起こりました。

しかし、鍼灸師の先生の多くは志す前に必ずと言って良いほど、不思議な体験や感動をしている筈です。「あんな針で良くなるんだ」「今まで辛かった痛みが取れていった」など

鍼灸はある意味特殊な世界ですのでその様な体験をした人の方がのめり込み向いて居るともいえるでしょう!そして、それを沢山の人たちに知って貰いたくて

鍼灸師に成ったのではないでしょうか?私もその一人です。また、鍼灸ではどんなに科学で考えてもそれに伴う東洋思想や

面白い考え方などがあり、様々な知恵を貰い

感動する事もあります。鍼灸学校では科学的なメカニズムも西洋医学の基礎医学も東洋医学もどちらも勉強するのが鍼灸師とあんまマッサージ指圧師です。

しかし、それはさておいて、話は先程に戻りますが、これはあくまで私の考えですが、私は鍼灸院の位置づけとしてはあまりスマートにメジャーになり過ぎても

病気で心のレベルが落ちて居る時に行きにくい場所に成ってはいけないものではないかと思って居ります。

そして、一方で、あまり神がかり的な特殊能力を発揮する様な怖い場所であっても当然ならないと考えて居ります。

特殊能力とは違いますが、東洋医学特有の考え方、自然と人間の体が一体となって考える様な東洋医学特有の考え方を

それぞれの状態に自然に合わせて受け皿となり、その落ちた状況から立ち直れるまでの間、少しでも最低限の元気を回復し、力を取り戻して行ける場所でなければならないと思います。そして、程よい負担にならない様なアドバイスの出来る場所でなければいけないと思うのです。その様な「あまり元気ではない」状態の時にホッとする空間

駆け込み寺的な要素、何でも心身の状態を理解したうえでバランスよく診て貰え聞いて貰える何でも診て貰える空間が鍼灸院ではないかなと

私は考えて居ります。その様な鍼灸院を心掛けて居るのです。東洋医学的な鍼灸をきちんと勉強すれば証をきちんと立てそれに基づいて行うので私は何でも屋で鍼灸院は良いと

考えて居ります。けがや病気でもうこれ以上改善が見られないと言われ辛い時などで、本人的には「あともう少しで良くなる感じなんだけど慢性的につらくて

病院ではこれ以上方法がない」などと言われたり、頭痛持ちや腰痛持ちで痛い度に薬を飲み続けなければいけない、精神的に挫折し元気がないとき、

心の問題で何か今まで信じていた事が崩壊したり、ショックで立ち直れずどこにも行きたくないとき、何となく体が重く本当の自分じゃないなとか気後れする時など

の受け皿の役割を担いたいと私はいつも考えて居ります。

それらが何らかのサインであることは東洋医学的には実に多いのです。

すべての症状や訴えが東洋医学的診断には無駄にはならないのです。

その結果、きちんと東洋医学の理論に当てはめて無駄なく聞いて行くので鍼灸の治療を進めるうえでも大いに重要で役に立つし、

本人も良く聞いて貰えたという事にもなるのです。

それもただ聞くだけではなく、

そのすべての愁訴の訴えが、無駄にならないのです!よく、病院では聞いて貰えない事や「そんなことは絶対ないよ。それは気分の問題だよ。」

などと軽く受け流される事がすべて否定されずに分析されて聞いてくれるのです。

私はこの事に特に必要性を感じて居ります。

残念ながら病院などではいまだに「話を聞いてくれなかった。仮に辛さを訴えても、軽く同調されるだけだった」という方がまだまだ多いです。よって

辛いことを打ち明けながら施術に打ち込めるところがどうしても必要です。それが鍼灸院の役割だと思って居ります。

ところで、当施設の患者様の中で、

鍼灸師を志し、学校に行き鍼灸師に成ったという方は結構多いのです。

きっと、当施設のこの様な考え方、活かし方に「楽しそう」とか「良い感じ」というのがわかりただ単に鍼灸で一発でぎっくり腰が治った、

肩凝りが楽になった等のレベルの話ではなく、心から生きる事、その中に鍼灸の考え方を入れる大切さなどを再確認し志されるのではないかと思います。

それくらい鍼灸は奥が深く、価値のあるものです。私も今、鍼灸師に成ろうとしている熱心に私の治療を学びに来て居る方が居ります。大切に大切に育て指導して居ります。将来的に私の持ってる全てを伝授しようと考えて居ります。そしてやがては弟子にするつもりです。私の鍼灸を絶やさず受け継がせないといけないとずっと思って居りました。

しかし、だれでも良いというのではありません。私の技術を熱心に学んでくれる人でないといけないのです。

心が伴わないものやいい加減なものに対しては私は門前払いです。なので現在、熱心に育てて居ります。また、

心の面が伴わないといけないと特に厳しく指導して居ります。話を戻しますが、

更に、鍼灸とは西洋、東洋医学どちらの観点からも相談でき、的確なアドバイスを心のレベルに応じて受けられることが大切だと考えて居ります。

メジャーではないくらいの方が鍼灸院は良いのではないか、本来の役割を担えるのではないかと考えて居ります。私はその方が患者様と接していて生きがいを感じ楽しいです。

そして、その方がのびのび施術が出来、患者様もリラックスし、長年のお付き合いに成る方も多いです。長くなりましたが以上の事を常日頃から私は考えて居ります。

そして日々の治療にあたって居ります。これからも本当に心から助けを求め困って居る方々に

優しい鍼灸院、何でも聞いてる鍼灸院、困って居る時に「あそこに行けばとりあえず何とかなるさ」と言われる安心出来るそんな鍼灸院にしたいといつも私は考えて居ります。

また、それが鍼灸院の役割だと私は考えて居ります。また、皆様の幸せを心から願える鍼灸院になりたいと私は考えて居ります。